世界初 酸化ガリウム反転型DI-MOSトランジスタを試作

報道機関各位
2022 年 9 月 20 日
株式会社ノベルクリスタルテクノロジー

世界初 酸化ガリウム反転型DI-MOSトランジスタを試作
– 酸化ガリウムパワートランジスタの開発が大きく前進 –

 株式会社ノベルクリスタルテクノロジー(本社:埼玉県狭山市、代表取締役社長 倉又 朗人)は、防衛装備庁 安全保障技術研究推進制度(JP004596)「反転MOSチャネル型酸化ガリウムトランジスタの研究開発」において、十分高いしきい値電圧6 Vを有する高耐圧1 kVの酸化ガリウム 反転型ダブルインプランティドMOSトランジスタ(DI-MOSFET)の基本動作を確認しました。本成果は酸化ガリウム(β-Ga2O3)では世界初となる画期的なものとなります。
 本開発の成果により、パワーエレクトロニクスの低価格化や高性能化につながる、中高耐圧(0.6-10 kV)の酸化ガリウムトランジスタの開発が大きく前進します。また、将来的には太陽光発電向けパワーコンバーター、産業用汎用インバーターや電源などのパワーエレクトロニクス機器の効率向上や小型化により、自動車の電動化や空飛ぶ車などの電気エネルギーの効率利用への貢献にも期待ができます。なお、本成果の詳細は、2022年9月21日の第83回応用物理学会秋季学術講演会シンポジウム「ワイドバンドギャップ半導体MOS界面科学の最前線」で発表いたします。

1. 概要
 酸化ガリウム(β-Ga2O3※1は、シリコンに代わる高性能材料として同じく開発が進められている炭化ケイ素(SiC)※2や窒化ガリウム(GaN)※3に比べ、その優れた材料物性や低コストの結晶成長方法により、低損失で低コストのパワーデバイス※4を作ることができ、家電、電気自動車、鉄道車両、産業用機器、太陽光発電、風力発電など、さまざまなパワーエレクトロニクス機器への適用が期待されています。また、搭載する電気機器の小型化や高効率化につながるものとして、国内外の企業および研究機関において研究開発が加速しています。
 株式会社ノベルクリスタルテクノロジーは、2019年からβ-Ga2O3トランジスタの製品化を目指して、防衛装備庁 安全保障技術研究推進制度「10 kV級酸化ガリウムトレンチMOSFETの研究開発」「反転MOSチャネル型酸化ガリウムトランジスタの研究開発」に取り組んできました。今回、アクセプタ不純物※5の窒素(N)をイオン注入※6、活性化熱処理※7工程を経て添加した高抵抗Ga2O3層をウエル層※8に用いることによって、十分高いしきい値電圧※96.6 Vを有する高耐圧1 kVの酸化ガリウム反転型ダブルインプランティドMOSトランジスタ(DI-MOSFET)※10の基本動作に世界で初めて成功しました。本開発の成果により、パワーエレクトロニクスの低価格化や高性能化につながる、中高耐圧(0.6-10 kV)の酸化ガリウムトランジスタの開発が大きく前進します。

2. 今回の成果 
 これまでノーマリオフβ-Ga2O3トランジスタは、p型導電層※11技術が未確立のためp型層を必要としないFin構造※12を用いていました。しかしながら、Fin構造は0.4 μm以下の微細構造を寸法制御良く形成する必要があり、4インチ、6インチラインの量産用のステッパ露光装置※13、及びドライエッチング装置※14を用いて電流 数十A、チップサイズ 数mm角の大型素子を歩留良く作製するのは困難でした。
 これに対し(株)ノベルクリスタルテクノロジーでは、従来のステッパ露光装置、ドライエッチング装置を用いても加工寸法的に歩留良く作製可能な反転MOSチャネル構造の開発を進めてきました。今回、技術的に未確立なβ-Ga2O3 p型導電層の代わりに、アクセプタ不純物の窒素(N)をイオン注入、活性化熱処理工程を経て添加した高抵抗β-Ga2O3層をウエル層に用いることを検討しました。作製した移動度評価用の長チャネル(LCH=100 μm)横型トランジスタは、Fin構造では実現できなかった高いしきい値電圧6.2 VとSiCと比較して高いMOSチャネル移動度52 cm2/Vsを示しました(図1)。


       (a)構造断面図                   (b)MOSチャネルの電界効果移動度

図1 長チャネル横型トランジスタの断面構造図とMOSチャネル移動度

 さらにこのプロセスを用いて作製した反転型DI-MOSトランジスタ(図2)では、N+イオン注入濃度1×18 cm-3でしきい値電圧6.6V、N+イオン注入濃度を3×18 cm-3以上に高くするとオフ耐圧1.1 kVを確認しました(図3)。今回の検討で、N+イオン注入した高抵抗β-Ga2O3層がp型導電層と同じようにしきい値電圧制御層、電流ブロック層として働くことがわかりました。また、今回試作したDI-MOSFETのチャネル長※15は10 μmと大きく、オン抵抗は153 mΩcm2と高い値でしたが、ステッパ露光装置を用いた素子の微細化により10 mΩcm2以下の特性が得られると期待しています。新規に開発したDI-MOSFETデバイス及びプロセスにより4-6インチ量産ラインを活用した大型素子の開発が可能となり、低損失β-Ga2O3パワートランジスタの開発が大きく進むことが期待できます。


       (a)構造断面図                   (b)トランジスタの静特性

図2 β-Ga2O3 DI-MOSトランジスタの構造断面図と静特性

図3 β-Ga2O3 DI-MOSトランジスタの耐圧波形

3.今後の予定
 (株)ノベルクリスタルテクノロジーは、防衛装備庁の本委託事業を通じて今回試作に成功した反転型MOSトランジスタにおけるN添加β-Ga2O3高抵抗層の特性解析を進めます。また4インチ量産ファウンドリラインでの試作を行い、特性改善、製造プロセスの確立、信頼性の確保と順次開発を進め、2025年の実用化を目指します。また先行して製品化を進めている酸化ガリウムショットキーバリアダイオード(SBD)※16と組合せたフルβ-Ga2O3パワーモジュールの開発も進めます。
 本開発成果の適用が見込まれる中高耐圧高速トランジスタ、高速ダイオードの市場規模は、2025年には79億円に、2030年には470億円へと拡大していくことが予測されています(富士経済「2022年版 次世代パワーデバイス&パワエレ関連機器市場の現状と将来展望」より引用)。(株)ノベルクリスタルテクノロジーはβ-Ga2O3トランジスタ、SBD、フルβ-Ga2O3モジュールを用いて本市場への参入を図り、省エネルギー社会に貢献していきます。

■用語解説
※1 酸化ガリウム(β-Ga2O3
Gallium Oxideのこと。ガリウムと酸素の化合物で、ワイドギャップ半導体の一つです。

※2 炭化ケイ素(SiC)
Silicon Carbideのこと。ケイ素と酸素の化合物で、ワイドギャップ半導体の一つです。

※3 窒化ガリウム(GaN)
Gallium Nitrideのこと。ガリウムと窒素の化合物で、ワイドギャップ半導体の一つです。

※4 パワーデバイス
高耐圧、高電流を制御することが可能な半導体素子のことで、インバーターなどの電力変換機器に用いられます。

※5 アクセプタ不純物
電子を捉えて負に帯電する半導体中の不純物です。一般的には、電子を捉えることによって半導体中に正孔が発生してp型半導体になります。

※6 イオン注入
半導体への不純物添加技術の一つです。不純物原子をイオン化して数十kVから数百kVの電圧で加速して半導体中に打ち込みます。

※7 活性化熱処理
イオン注入時に半導体が受けた損傷を回復させ、注入不純物の電気的働きを促進するための熱処理です。通常600-1200℃の温度が用いられます。

※8 ウエル層
トランジスタにおいてソース-ドレイン間の電流がゲートにより制御される層です。

※9 しきい値電圧
トランジスタにおいて電流が流れ始めるゲートの電圧です。

※10 反転型ダブルインプランティドMOSトランジスタ(DI-MOSFET)
n型層とp型(高抵抗)層を形成する2種類の不純物を2回に分けて必要な領域にイオン注入して形成したMOS電界効果トランジスタです。反転型では、ゲートに正電圧を印可した場合、絶縁膜/p型(高抵抗)層界面に電子が蓄積して、電流が流れます。

※11 p型導電層
導電性の半導体において電流を流す粒子が電子ではなく正孔である半導体層です。

※12 Fin構造
ゲートがチャネルの2面あるいはチャネルを包むように位置しダブルゲートを形成している構造です。Fin(魚のひれ)の形状をしていることからFin構造と呼ばれています。

※13 ステッパ露光装置
半導体の量産ラインで広く用いられている縮小投影型露光装置です。

※14 ドライエッチング装置
真空中で反応性ガスを放電させて絶縁膜、半導体材料の微細加工を行う装置です。

※15 チャネル長
トランジスタにおいてゲートにより電流が制御される領域の電流方向の長さです。

※16 ショットキーバリアダイオード(SBD)
ショットキー接合と呼ばれる半導体と金属を接合させたときに、電流が一方向にしか流れない整流性を利用したダイオードです。ショットキー接合型ダイオードは、PN接合型ダイオードと比較して、スイッチング損失が小さいという利点があります。

4.問合せ先
 株式会社ノベルクリスタルテクノロジー
《研究内容》営業部          TEL:03-6222-9336
《報道関係》上記に同じ

(株)ノベルクリスタルテクノロジーは、株式会社タムラ製作所のカーブアウトベンチャーおよび国立研究開発法人情報通信研究機構の技術移転ベンチャーとして設立されました。